【バーチャルでひも解く世界】17 タイセイヨウセミクジラをイノベーションで救え!

ダッソー・システムズで産業機械業界のコンサルタントをしております、小林 敦志です。主に海外のプロジェクトや日々のニュース、または当社ならではの情報を、私の目利きでお伝えしながら、日々変容する社会・製造・ITのトレンドを皆様に共有していきたいと思っています。

 

当社では3DEXPERIENCE Labというスタートアップ企業を支援するプログラムを通年で実施しております。社会の課題をイノベーティブな方法で解決しようという意欲のあるスタートアップ各社が多く集まっています。今日はこのプログラムから、斬新なプロジェクトをご紹介します。

 

タイセイヨウセミクジラ(大西洋背美鯨, North Atlantic Right Whales)をご存じでしょうか?体長が13~18mで、北大西洋海域の沿岸部や沖に生息する、頭部がずんぐりと大きいクジラです。セミクジラ科の特徴である板状の長いクジラひげがあり、オキアミなどの動物プランクトンを濾しとって食べます。近年はホエールウォッチングの対象にもなり、「地球上で最も優しい生物」と称されることもあります。

 

セミクジラと人間との関わりは、9世紀ごろからで、捕鯨の対象となり、鯨油に使われたり、クジラひげをコルセットに加工されたりしています。1937年に捕鯨は禁止されましたが、近年、漁具にからまり、死傷する事故が増加して、数を減らしています。文献にもよりますが、現在400頭未満の個体数で、年平均の増加率はわずか2%程度です。そのうち、推定で83%が漁具にからまった経験があるとのこと。

 

クジラの死傷事故の原因となる漁具には大きく2種類あり、一つは一般的な漁網、もう一つは「ロブスター・トラップ」です。ロブスター・トラップとは、その名前の通りロブスターを捕る目的で海底に設置されるカゴ罠で、いくつものカゴをロープで結んだ仕掛けをつくり、その場所があとからわかるように最後のカゴを海面のブイとつなぎます。つまりロブスター・トラップを仕掛けると、必然的に海面と海上とでロープがはりめぐらされることになります。

出典:3DEXPERIENCE Lab
https://3dexperiencelab.3ds.com/en/projects/city/lobsterlift/

 

ブイと海底の罠をつなぐロープは、海中を泳ぐクジラからは見えづらく、罠を仕掛けた海域にやってきたクジラは自ずとこのロープに絡まってしまいます。いったんロープが絡まると、クジラはその場で体をねじったり回転させたりしながらロープを外そうとします。ときには外そうともがいて海面上に飛び上がることもあります。それでも外れない場合、クジラはその後何百kmも、ロープで繋がれた海底のいくつもの籠(とロブスター)を引きずりながら泳ぐしかありません。ロブスター・トラップをめぐるクジラの死傷事故は世界では大きな課題の一つとしてとりあげられており、その解決のための専門組織(ロープレス・コンソーシアム)も存在します。一方で、高級食材であり重要なたんぱく源でもあるロブスター漁そのものを無くすことはできません。

 

これまで行政や漁業関係者はこの相反する課題に規制で対応しようとしてきました。いっぽう、革新的なテクノロジーを採り入れて解決しようと考えたのが、LobsterLiftというスタートアップ企業です。

 

出典:3DEXPERIENCE Lab https://3dexperiencelab.3ds.com/en/projects/city/lobsterlift/

 

LobsterLift社は、マレーシアで実施されるスタートアップを発掘するコンペティション、Conservation X Labsコンペティションを経て設立された企業で、4人の環境保護エンジニアが参画しています。クジラの保護とロブスター漁の双方の課題を解決するには、ロブスター漁の漁師、当該地域の政策立案者、環境保護団体、投資家など、課題の関係者全員が、共通の目標をもって課題の解決に臨むことが必要です。LobsterLift社は、3DEXPERIENCE Labの支援プログラムを使って、クラウド版3DEXPERIENCEプラットフォームでアイデアを検証しています。各種の規制を遵守していることを確認し、実際の製品として利用できるかを、バーチャルな空間で何度もトライアンドエラーを重ねています。

 

こうした試行錯誤を経て試作に到った新しい罠は、ドッキングステーションと本体に分かれた形状になっており、本体をロープやブイを使わずそのまま海底に沈めて設置します。その際、ドッキングステーションが海図に位置情報を記録します。回収する際、漁師は記録した海図を見比べながらおおよその設置場所を探し、海上から音響信号を送付します。すると海底のLobsterLift本体が信号に反応し、中にあるタンクの圧縮空気を使って風船を膨らませ、その浮力を使って海面に浮上してきます。漁師は浮かんできたLobsterLift本体を回収し、船上でドッキングステーションに格納します。同時にLobsterLift本体はリセットされ、再投下に備えます。漁師は、ロブスターが罠にかかる周期だけを見計らい、この作業を繰り返すだけです。

 

出典:3DEXPERIENCE Lab https://3dexperiencelab.3ds.com/en/projects/city/lobsterlift/

 

LobsterLiftは、漁師が現在使っているロープとブイという伝統的な罠を置き換えるため、実用化に向け、操作が簡素で、かつ低価格でなければなりません。過去、同様の取り組みをした他社の試作品は、1モジュールの製作に2万ドルが必要でした。LobsterLift社は1台の価格を80ドル以下にすることを目指しています。

 

環境に関する問題の解決には、必ずしも最先端の高価なソリューションが必要なのではありません。LobsterLift社の取り組みのように、相反する課題とその関係者の利害を調整しながら最適な方法を探り、検証していく必要があります。この場合は「ロープが要らないロブスター漁の実現」がその答えでした。こうした答えにたどりつくためには、多くの関係者と連携でき、かつ実践し検証できるテクノロジーが有効です。ダッソー・システムズの3DEXPERIENCEプラットフォームが、貢献できる分野ではないかと思います。

 

3DEXPERIENCELabの紹介ページ(英語)では、LobsterLiftのカゴ罠の3Dモデルを360度ビューで見ることができます。
出典:3DEXPERIENCE Lab https://3dexperiencelab.3ds.com/en/projects/city/lobsterlift/

 

海外の様々なトレンドを紹介する「バーチャルでひも解く世界」、いかがだったでしょうか。産業機械業界担当コンサルタントの小林でした。

小林 敦志 (Atsushi Kobayashi)

小林 敦志 (Atsushi Kobayashi)

小林はダッソー・システムズで産業機械業界のビジネスコンサルタントをしており、20年以上製造業でのIT活用を支援しています。LinkedInやNoteでも情報発信しております。
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