設計・シミュレーションMay 26, 2021

【バーチャルでひも解く世界】11: なかなか難しいマルチディシプリン

マルチディシプリン、複合技術領域設計の入り口、考え方をご紹介します。
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Avatar 小林 敦志 (Atsushi Kobayashi)

ダッソー・システムズで産業機械業界のコンサルタントをしております、小林 敦志です。この「バーチャルでひも解く世界」では、主に海外のプロジェクトや日々のニュースまたは当社ならではの情報を、私の目利きでお伝えしながら、日々変容する社会・製造・ITのトレンドを皆様に共有していきたいと思っています。

今回はマルチディシプリン(Multi Discipline)です。単純に和訳すると「複合領域」ですが、小林は通常、「複合技術領域」と訳しています。

当社にはシミュレーション製品のブランドであるSIMULIAがあります。そこのメンバーとの会話で「日本の製造業があまり実現できていない分野がマルチディシプリンでは?」という議論になりました。

厳密に言うと、「技術」に限定すると誤解を生むかもしれないのですが、直訳のままですと、何が複合されるのかわかりません。構造や電気、電子、ソフトウェアなどの技術や、機能安全のような要求、さらには製品が排出する炭素の量までがマルチディシプリンに含まれるべきと考えます。それらの「技術」を結合するだけでなく、複数組み合わせて融合させる、そのような意図を「複合技術領域」という訳語に込めています。

現代の製品の設計において、ある製品の性能や安全性を確立するためには、1つだけの技術で達成することがむずかしく、複数の技術を組み合わせる必要があります。例えば油圧ショベルを例にとると、より多くの土砂をかき集めることが、最も重要な性能目標となります。この性能目標を、建設現場の状況やオペレータのスキルなどの制約条件のもとで、どのような仕組みで、どこまで達成できるか?を考え、それを各部品、機能、「技術」に割り振るのがアーキテクチャです。国内需要が右肩上がりであった時代には、アーキテクチャを構成するために必要な要素は、構造力学的な物理的制約と、エンジンや油圧機器の能力、そして、日本の法規制程度でした。それらの要素を制約条件として、経験豊かな設計者が、仕組みと達成具合のバランスを、よい案配に整えながらアーキテクチャとして構築しました。言い換えると、物理設計段階での成功や失敗の体験、先達からの申し送りといった、経験者のナレッジが、アーキテクチャを支えていたのです。

現在の日本の産業では、アーキテクチャに必要な要素が一段と増えています。グローバルの市場を狙うために国ごとに異なる規制に対応すること、設計者自身が体験したことのないような過酷な環境や、労働者の快適性も主要な要素となります。

具体的な例として1つあげると、SIMULIAブランドが運営しているブログ記事 “Keeping Machinery Cool with Cloud-Based Simulation Solution“ (英語)では、建設機械の油圧ショベルで利用するようなエンジンの冷却について説明しています。

ここでは建機の設計者には、流体力学、熱伝達、ファンの力学的構造設計、熱交換器設計に関する知識とノウハウが必要とされる、と述べられています。しかしながら、これら異なる領域の設計のノウハウや経験を一人の人間が全て有しているという状況はほとんどありえません。通常は異なる部署の別々のメンバーが、それぞれの領域を分担しています。

様々な要件が並び立つような、いわゆる「ストライクゾーン」を見定めるには、どうすればよいでしょうか?

もちろん、要件に見合った知識と経験が豊富なスーパーエンジニアがいるならば、その方に依頼するのが最良ですが、そのような方はまず存在しません。現実的な解決策が、複合技術領域での設計と検証を可能にする環境=プラットフォームを使うことです。複合技術領域での設計と検証を表した図(下記)を使って説明してみましょう。この図は当社のYouTubeチャネルにあがっているビデオ、”Multi-discipline Design and Trade-off Analysis solution“の11-20秒あたりで見ることができます。このYouTube動画ではWi-FiやBluetoothの強度など、電磁気が主体のハイテク機器が例としてあげられています。弱電、周波数や標準規格の異なるいくつかの電波、オーディオ(音声)といった複数の技術領域を俯瞰した設計と製造について解説しています。

上図の中の①は、各技術要素をアーキテクチャとして示す段階を表しています。油圧ショベル設計を例にとると、ファン、回転させるモーター、必要な熱容量をモデルとして表現する段階です。この場合の「モデル」は、必ずしも3Dモデルとはかぎらず、数式で表現するモデルの場合もあります。

②、③は、それらのモデルを繫いで管理していく段階です。モデルのつなぎ方は、単純に一対一のこともありますが、通常は、n対nであったり、つなぎ方にも線形・非線形の区別があったりします。④のシミュレーションの段階で検証結果を得て、⑤の段階で検証結果を確認するという流れです。

油圧ショベルの設計プロセスを想定すると、おそらく最初の①の「各技術要素をアーキテクチャとして示す」という点が難しいかもしれません。しかし、技術領域=担当者と考えると現状の業務と変わらないのでは、と思います。現在でも設計者は、ファンの専門家、熱交換器の専門家と打ち合わせして、相互に仕様や要求を決めているかと思います。それをデジタルで表現するだけで良いのです。Excelの表で埋めている部分があるとおもいますが、それを業務でしっかり決めていくことが大事です。こうしたプロセスを踏むことで、技術要素間のやりとり、もしくは異なる技術の専門家どうしで交換する文書・用語・構造を決めることになります。

製品に求められる性能や機能を、各部品や各技術要素に割り付けていく。これがアーキテクチャです。特定技術の詳細は非常に複雑であるため、その技術要素間のやりとりの仕組みだけを決めておき、技術要素の中身は各専門家にお任せします。「複合技術領域」の専門家は、製品の性能や機能を、技術要素間のやりとりの内容、パラメータを駆使することで、複合技術領域にまたがるアーキテクチャを実現しようと努力します。

しかし、あくまでも努力であって、やりとりの内容やパラメータが、自由に組合せ可能とは限りません。目標とされる性能が、パラメータの組合せで実現できないケースや、部分的は実現できるが、全体を通しては実現できないケースもあり得ます。その場合は、そもそものアーキテクチャが間違っている、もしくは性能目標が自社の技術では実現できない、ということが判別できます。

この努力の結果を検証する、もしくは、人手では探しきれない全体最適の解を計算機の力で探し出す、パラメータの範囲で製品の機能や性能が実現されることを確認する。それが、複合技術領域設計の狙いです。

今回はマルチディシプリン、複合技術領域設計の入り口、考え方をご紹介してみました。

海外の様々なトレンドを紹介する「バーチャルでひも解く世界」、いかがだったでしょうか。産業機械業界担当コンサルタントの小林でした。

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