<第3回>サイバーとフィジカルのあいだに

投稿者
米田尚登 (ダッソー・システムズ)

 

「君の名は。」

 

前項では製造業におけるIT技術の応用例として、工作機械メーカーの外部調達におけるサプライチェーンについて話しました。今回はITの仕組みについて、身近に皆さんが体験されている話から考察してみたいと思います。例として電車の経路検索サービス(いわゆる「駅すぱあと」「乗換案内」など)を取り上げます。

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1990年代初頭の時点では、出張予定の確認と経費精算は大変手間のかかる作業でした。仕事で出張する前には分厚い「紙の」時刻表を見てスケジュールを立て、帰社後には再び支払った交通費を精算する為に時刻表と領収証を照合しました。そのための人員を常時雇っておく必要があったほどです。それが今ではとても便利になりました。PCやスマホに出発駅と到着駅を入力するだけで、経路と出発・到着・乗換えの時刻、所要時間、交通費が表示されますし、端末上でGPSなどの位置情報を公開していれば、出発駅の入力すら省略できます。事後の精算も出張者自身がすぐに行えるようになっています。

この仕組みをもう少し深掘りしてみましょう。この画期的なサービスは、主に3つの構成要素に分解できます。

1. 情報処理(ツール)

ルート・時刻・料金を求めるアルゴリズムを、サービス事業者が開発し実装。

2. 情報化(データ)

ツールを使うためには、ユーザー側とサービス事業者側、双方の要件がデータ化されていることが必須となります。処理の実行に必要なユーザー側の要求情報、および事業者側がユーザーからの要求情報を処理するために必要な情報(地図情報公共交通機関のダイヤなど)です。

3. 情報通信手段(コミュニケーション)

ユーザー、検索サービス事業者、地図やダイヤなどの情報提供する事業者(地図検索サービスや公共交通機関)の三者をつなぐ通信手段が必要です。

 

さて、このサービスが成立するためには、実はもう一つ不可欠な鍵があります。それは、ユーザー、事業者、それぞれが使う「駅名」が統一されていることです。どういうことでしょう。

 

まずユーザーは自分が保有する情報通信端末(スマホ等)からサービス名を選択してネットワーク接続を行い、行き先等の情報を伝えます。このときユーザー側が送る出発地や行き先情報に使われる駅名は統一されています。たとえば「郡山」と入力すると、ユーザーは「郡山(福島)、郡山(奈良)、郡山富田、近鉄郡山」の四つの駅名のどれかを選ぶことになります。現実に存在する駅名だけが選択肢に上がっており、「コーリヤマ」や「こおり山」での駅名検索はできません。選ばれた駅名とユーザーの現在位置情報を把握して、サービス事業者は、電車のダイヤ情報と照合し、最適な経路を提示できます。もしサービス上で駅名が統一されていなければ、そもそもどこが出発地・目的地なのかをシステムが判別できなくなり、経路の提案はきわめて困難になります。リアルの駅Aに名前A´がつけられている状態(ID化)がサービス成立の根幹です。

 

経路検索サービスとその構成要素の関係は、そのまま工場における運用技術(OT)の現状を考察するヒントになります。

製造で取り扱うモノやコトに関する情報の多くは、名前が統一(ID化)されていないのが現状です。1つのモノ(Physical)が複数の名前(Cyber)で呼ばれていたり、また、1つの名前が複数のモノやコトを表していたり、というケースが頻繁に見られます。これはさまざまな業務のIT化を進める上で障害となります。どういうことでしょう。

 

たとえば工作機械とその加工業務をIT化する場合を例に取りましょう。工作機械には旋盤ボール盤、中ぐり盤、フライス盤、歯切り盤、研削盤などがありますが、ここではフライス盤と旋盤を使った加工工程をIT化したいと仮定します。

(なおフライス盤と施盤はいずれも素材の切削加工に使用しますが、仕組みが異なります。フライス盤は、工具が回転しながら上下し、素材を前後左右に動かすことで切削と加工を行います。一方、旋盤では素材を回転させ、工具を前後左右に動かして切削と加工を行います。機能状の特徴は、フライス盤が任意の形状に削れるのに対して、旋盤は素材を回転させるので円柱型の加工しかできません)

 

「素材XをA工場にあるB社製のフライス盤1号で加工した後、C工場にあるD社製の旋盤2号で仕上げる」といった要求を、経路検索サービスのように端末上からリクエスするとしたらどうなるでしょうか。国内外、多くの工場がありますが、その工作機械(モノ)の名称や加工(コト)の名称は、駅名のように統一されてはいません。ユーザーは「A工場にあるB社製のフライス盤1号」での加工をリクエストしたのに、A工場の中でその機械は「ビー社のミーリングマシン壱号」と名づけられており、名前違いのためリクエストが却下される、という困ったことが発生します。

もちろん公共交通機関である「駅名」と、私企業の工場の工作機械の「名称」とでは状況が全く違います。工作機械が数台程度の工場がスタンダロンで稼動するだけであれば、名称の不統一は問題にならないでしょう。しかしIT化によって他の機械や他の工程、他の拠点との「つながる工場」を実現しようとするときには、名称の統一は必須です。ここが手付かずのままIT化に突入すると、IT化の推進が余計な手作業を生み出すという悪循環にはまります。

 

身近なITの例から始めましたが、後半はDeepな製造の話になってしましましたが、続きは次の項でお話します。

 

<バックナンバー>

<第1回>サイバーとフィジカルのあいだに
<第2回>サイバーとフィジカルのあいだに

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