【人道支援のサプライチェーン】サプライチェーン・ソフトウェアが災害発生時の迅速な分析と対応を支援

人道的救援組織は、世界で最も難しいサプライチェーンの課題を抱えているのかもしれません。危機にさらされた命を前に、コスト、効率、スピードの折り合いをつけなければならないからです。課題が増加する中、ごくわずかな時間で最適な選択肢を見つけるために、サプライチェーン最適化システムを導入する組織が増えています。

 

2010年にキルギス南部の辺境に位置するフェルガナ盆地で抗争が発生したとき、推定40万人が家を追われ、赤十字国際委員会(ICRC)が緊急対応を発動する人道的危機となりました。

 

ユーラシア地域の計画を担当するジュネーブのICRC本部では、職員たちが毛布や医療キットをスイス内の倉庫から集め、4千マイル(6,437キロメートル)以上離れた危機の発生地域へ送ろうとしました。しかし、この計画の展開中に、ICRCのロジスティクスチームのメンバーがあることに気づきます。パキスタンのペシャワル倉庫が極東地域担当であるものの、キルギスからわずか1千マイル(1,600キロメートル)のところにあり、そのほうがはるかに近いのです。

 

ICRCのロジスティクス部門を統括するChristophe Hambye氏は「直感に頼る必要がありました。ヨーロッパから空輸していたら、ばく大な費用がかかっていたでしょう」と述べています。

 

ICRCは多くのロジスティクス業務をコンピューター化していたため、誤りを犯すリスクを幸いにも回避できたのだとHambye氏は言います。スイス連邦工科大学ローザンヌ校とチューリッヒ工科大学という2つの工科大学によって開発された1本のソフトウェアが、供給物資をどこに備蓄すべきかを判断し、対応にかかる時間を最大限に短縮するために貢献しています。

 

Hambye氏は「物資がどこからどの輸送手段で来るかという入荷経路を考慮した上で、様々な物資をどこに保管すべきかモデル化し、さらに保管したセンターから指定した現地への出荷経路もモデル化することに成功しました。配送のスピード、大至急のケース、環境への影響も考慮しています」と述べています。

 

小売企業では、複雑に広がるサプライチェーンを最適化するために、既に10年以上コンピューターを使用しています。一方で人道的組織は、全世界に多様なサプライヤーを持ち、世界各地の緊急事態に対応する必要があるというのに、まだ高機能なサプライチェーン・ソフトウェアを導入したばかりの段階です。サプライチェーン・システムは、供給物資の購買、保管、発送からなる複雑なロジスティクスをほんの数秒で分析し、様々な要素を勘案した上で、複数の選択肢をプランナーに提示します。その結果、キルギスの件でICRCが見逃しそうになったような、より良い選択肢を常に検討できます。

 

ただし、商業組織用に開発されたサプライチェーン・システムを人道的組織が使用する場合は、追加開発が必要になる可能性があります。たとえば戦争や、天候、地震のために、空港、道路、港が閉鎖された場合、事前にシステム開発を施しておくことで、通常の方法ではアクセスできない地域へ供給物資を輸送するために、ヘリコプターや、ラクダ、ゾウを自動的に手配できます。

 

節約ではなく救命

企業の場合はサプライチェーン最適化によってコストを削減しようとすることが多いですが、人道的組織の課題は異なります。

 

「人道支援物資の場合、目的は利益や収益を最大化することではなく、人命を救うことです」と述べるのは、シラキュース大学ホイットマン・スクール・オブ・マネジメントの教授で、サプライチェーン管理学を専門とするBurak Kazaz氏です。

 

Kazaz氏とその同僚である2人の研究者は、国連児童基金(UNICEF)から協力を求められました。UNICEFの救援物資輸送において、比較的安価な陸運および海運と、コストは高いものの被災地域により早く到達して多くの命を救うことができる空輸に、それぞれどれだけの予算をとるべきかを割り出すためです。

 

「人道支援物資の場合、目的は利益や収益を最大化することではなく、人命を救うことです」

BURAK KAZAZ氏
シラキュース大学ホイットマン・スクール・オブ・マネジメント サプライチェーン管理学教授

 

たとえば2008年、エチオピア、ソマリア、ケニアの主要地域が不作に見舞われ、840万人が「飢餓による非常事態」に陥ったときに、UNICEFではRUTFが不足したことがありました。RUTFとは、ピーナッツバター、植物油、粉乳、ビタミンを混ぜ合わせて栄養価を高め、長期保存できるようパッケージングした、そのまま食べられる栄養食品です。Kazaz氏の研究で明らかになったのは、UNICEFがRUTFを空輸するための緊急資金を十分に確保していなかったために、時間のかかる資金集めを余儀なくされたということでした。

 

今後このようなことが起きないよう、Kazaz氏と研究者たちは数理モデルを開発し、UNICEFのような組織が救援物資の陸運および海運と空輸に配分すべき予算を割り出せるようにしました。「私たちの研究はこの問題に対して、これくらいの割合を空輸にとっておこうという勘ではなく、科学的にアプローチします」と、Kazaz氏は語ります。

 

たとえばこのモデルは、直感に反する結果を導き出したことがあります。被害を受けたすべての国々に資金を平均的に使うのではなく、1カ国に集中させるべきだというのです。ある1カ国のニーズについて、作物の状態確認や正確な気象データの取得を行う現地スタッフといったリソースのための支出を考慮した上で正確に把握することで、より効果的に救援物資を配布できるのだとKazaz氏は言います。

 

「2つの市場を不確実なままにするのではなく、一方の市場の不確実性を解消したほうが、その市場への空輸の必要性を減らせて良いということです。UNICEFは、空輸を減らしたことで節約できた資金を(ほかの)不確実な市場の陸運や海運に投入できるようになりました」

 

グローバルな視点を持つ

国連の支援のもと、人道的救援のサプライチェーンを合理化する、さらに大きな取り組みが始まりました。非政府組織(NGO)も協力し、危機の発生時に起きる重複や不足の解消を目指しています。これはESUPSと呼ばれる、緊急支援物資の備蓄戦略です。その目標は、すべての組織の救援物資在庫を管理する共有中央プラットフォームを作り、最適化ソフトウェアを使用して、救援物資を保管すべき場所を割り出すことです。このソフトウェアは提案をする際に過去の災害のデータも使用します。

 

「過剰に保管された物資もあれば、適切な場所にない物資もあります」

FLORENT CHANE氏
ESUPSプロジェクトマネージャー 人道支援のサプライチェーンがよく抱える課題について説明

 

「災害のさなかに救援物資を運び入れることほど、タイミングの悪いことはありません。理由は数え切れないほどあります」と語るのは、ドイツの救援組織Welthungerhilfeで活動し、ESUPSのプロジェクトマネージャーも務めるFlorent Chane氏です。激しい嵐の後は港や空港のインフラが損傷することが多く、援助物資が押し寄せるために税関職員が手一杯になる可能性もあるといいます。

 

需要が予想できる国々、たとえば年間平均20個のサイクロンに見舞われるフィリピンなどでは、防水シートや仮設トイレといった供給物資を援助組織が備蓄しておけば、必要になったときに使えます。

 

難点は、各援助組織がどのような災害救援物資をどこに備蓄しているかという情報を共有していないことだといい、Chane氏は「過剰に保管された物資もあれば、適切な場所にない物資もあります。足りない物資もあります」と述べています。

 

援助国からの緊急支援が制限付きであることも、課題の1つです。特定の国や地域への割り当てが法的に定められており、援助組織がよりニーズの高い地域へ物資を移動しようとしたときに制限を受けるのです。こうした制限は、援助物資の割り当てをきわめて複雑にします。サプライチェーン・システムを使用することで制限を遵守し、ミスによる悪影響を回避できます。

 

ESUPSで実施するプロセスは2つあります。まずデータ収集を行い、その後の分析で、物資を保管すべき場所を明らかにします。第一歩としてESUPSでは、各援助組織が各国にある現地倉庫に実際に何を持っているかというデータベースを構築しようとしています。組織によって同じ物資に違う名前が付いていたり、同じような物資でも構成が異なったりするため、複雑なプロセスです。たとえば、医療キットは国によって異なる可能性があります。

 

在庫データの収集が終わると次に必要となるのは、そのデータを分析して、移動すべき供給物資を特定するソフトウェアです。ペンシルベニア州立大学とマサチューセッツ工科大学のセンター・フォー・トランスポーテーション・アンド・ロジスティクスのデータ科学者たちが手を組み、救援物資の備蓄の最適化を行う数理モデルの確立に取り組みました。7~20%のコストを削減できる可能性があり、援助組織はその資金をさらなる救援に使用できます。

 

ペンシルベニア州立大学スミール・カレッジ・オブ・ビジネスのサプライチェーン管理学の助教であるJason Acimovic氏は、民間企業のサプライチェーンを最適化して、顧客がオンラインで注文したものを最短時間かつ最小コストで受け取れるようにするための支援を行う専門家です。

 

人道的組織にとって幸いなことに、Acimovic氏は民間企業のために実施したのと同様のデータ分析を流用できました。特定の場所にある在庫にシンプルなメトリックを割り当てることで、救援物資のより良い備蓄方法を割り出します。

 

Acimovic氏は企業クライアントの仕事をしていたときに、線形計画法を使用した2ステップのプロセスを開発したといいます。線形計画法は、複数の倉庫から需要のある複数の場所へと物資を運ぶ方法を最適化する際に、標準的に使われています。各拠点の在庫が足りているかどうかを1つの数値で表す、Acimovic氏が「バランス・メトリック」と呼ぶものも併用していました。

 

Acimovic氏は「線形計画法は、コストと時間の両方を最小限に抑えることで最適化の課題に取り組みます。つまり、意図した受け手にどれだけ早く救援物資を届けられるか、ということです。今や、コストよりも時間が重視されています」と述べています。

 

 

当然のことながら企業には何年分もの顧客データがあり、それを分析することで将来の需要を予測できます。人道的救援では、予測できないことがあり、需要もめまぐるしく変わるため、将来を予測することは容易ではありません。しかしAcimovic氏たち科学者は、1900年からの災害の記録を保管しているEM-DATというデータベースから、データを抽出することができました。

 

「バランス・メトリックは、不足と重複をNGOが把握するために役立ちます。ダッシュボードやKPIを作成することで、ドバイには毛布があり過ぎて、アジアではまったく足りていない、といったことが分かります」と、Acimovic氏は述べています。

 

未知を管理する

Acimovic氏たち科学者は、人道的救援はオンライン販売と異なり、多くの未知の問題があることを認めています。たとえば、ある国に物資を保管する場合、持ち込みと同じくらい簡単に持ち出しができるとは限りません。Acimovic氏は「私たちが開発したバランス・メトリックは、NGOが今後、より低コストで迅速な対応をするための指針の1つになり得ます。意思決定プロセスの一部として使用できるでしょう。数量化できないことも多数あることは、私たちも理解しています」と述べています。

 

ESUPSのプログラムは、初となるテスト導入がフィリピンで進められているとChane氏は言います。フィリピンでは以前から、国連とNGOが太平洋地域ロジスティクス・クラスター(Pacific Region Logistics Cluster)という既存の人道支援プラットフォームを使用して、救援物資の在庫を正確に把握していたからです。

 

Chane氏は「開始点がおおむね確定できました。これでフィリピンの状況を把握できます。このデータに基づき、アルゴリズムを使用して、どこに何をいくつという最適な在庫水準を定めます。その結果、私たちはその国の政府やパートナーに対し、こうすれば最適な状態になりますよと提言できるようになります」と述べています。

 

未知もしくは予測不可能な要素の多い人道的救援では、人の経験や直感が常に重要な役割を果たすかもしれません。しかし、高機能な最適化ツールを導入することで、援助組織はより迅速かつ最低限のコストでの対応を可能とし、より多くの生命を救おうとしています。

著者: Charles Wallace

ダッソー・ システムズ

3Dソフトウェア市場におけるパイオニアであり、3DとPLMソリューションのワールド・リーダーであるダッソー・システムズ(仏)の日本法人です。
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