設計・シミュレーションJuly 21, 2021

【デザインとシミュレーションを語る】79 : Simulation Governanceとは?なぜ必要?

10章ではSimulation Governanceの必要性 -どうすれば「真のCAE改革」ができるのか、Simulation Governanceはそのための有効な方法論足りえるのか - について述べていく予定です。
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Avatar 工藤 啓治 (Keiji Kudo)

【第10章 Simulation Governance】79 : Simulation Governanceとは?なぜ必要?

ダッソー・システムズの工藤です。Simulation Governanceという言葉を聞いたことがある方は、まだ少ないかもしれません。この用語が登場したのは、2011年と言われており、2015~2016年にかけて、NAFEMSから、“Simulation 20/20: The Next 5”という一連のWebinarが開催されたときの、3大テーマの一つとなったことで、広く知れ渡るようになりました。とはいえ、日本ではまだほとんど聞くことがないので、CAE界隈ではまだ認知されていないのではないかと思われます。本質的なことは、下記の公開論文に記載されていますので、ぜひ、お読みなることをお勧めいたします。

Meintjes K. Simulation Governance: Managing Simulation as a Strategic Capability. NAFEMS Benchmark Magazine, January 2015.

9章まではCAEを業務活用するための様々な技術的手法に焦点を当ててきました。10章ではそうした活用を着実に行うための組織的な支援、技術育成と人材育成、長期的なビジョン、文化的側面を総合的に実行する方法論として、Simulation Governanceの必要性を述べていく予定です。日本においてはCAE部門は蛸壺化する傾向にあり、日本のCAE活用の質として、成長を止めてしまうのではないか、という危惧を覚えざるを得ないことに加え、その背景にあるのはSimulation Governanceの重要性が認識されず、機能もしていないせいではないか、という仮説に基づいています。どうすれば、「真のCAE改革」ができるのか、Simulation Governanceはそのための有効な方法論足りえるのか、ということを想定してみたいのです。日本のデジタル化が進んでおらず、むしろ後進国であるという最近の調査・指摘は皆さんもご存じのことでしょう。CAEもデジタル技術の一部なので、根本は、デジタル化の後進国的状況とつながっているでしょう。そうした日本を特徴づける文化的側面も考慮しながら、CAE領域の見地からみた解決策を議論をしていきたいと考えます。

PowerPointのPPTと同じって覚えるとわかりやすい、People, Process, Technology (PPT)は、プロジェクトやビジネス改革を進めるうえでよく出てくる基本的なフレームワークです。今回のテーマをPPTフレームワークの視点で見てみると、何ができて何が足りないかが見えてきます。順番を変えて、Technology, People, Processの順に見ていきます。

1. Technology

Technology-CAE技術には、二つの側面があります。CAEそのものを作り上げる技術とそれを活用する技術です。CAEのアプリケーション開発、モデル開発、データ作成、計算、結果処理など、正しい答えを出すための一連の技術作業は、解析領域ごとに数多のアプリケーションがあり、ベンダーがあり、研究者や開発者がいて、利用者を支えています。技術のコアは日々進歩しており、富岳での適用例に代表されるように世界の先頭を走るレベルのシミュレーション技術が駆使されています。企業においては、最新のソフトウエアが多数活用されています。そうした製品や技術情報はすでに世の中に溢れています。一方、本ブログで一貫して焦点を当ててきたのは、もう一つの側面であるCAEを活用する技術です。CAE作業の自動化、パラメータスタディ、モデル同定、最適設計、ロバスト設計、プロセス管理、データ管理、複雑性設計の分類と手法といった情報は、個別的であったり、製品機能の一部として述べられているだけであり、それらの関係性や意味、位置づけが体系的に語られてこなかったので、本ブログがその一助を担えればという想いで2015年より継続しています。この20年以上CAE活用視点で私が観察し経験してきた状況を見るに、日本においては、企業でも研究機関でもCAEのコア技術は非常に優れているものの、欧米の状況と比較すると一握りの層を除いては活用技術まだまだ浸透していないと感じます。そうした状況への危機感を動機として、このブログは書かれてきました。さて、では、PeopleとProcessについてはどうでしょうか。

2.People

CAEを利用する人や組織を見てみますと、実にさまざまな課題が見受けられますが、大きくはこの4つに集約されるでしょう。3つ目までは頷く方多いでしょうが、4つ目は初めて聞くことかもしれません。CAEに限らないことですけれど。

1) CAE技術の属人性

このことは今に始まったことではなくCAEが世の中に登場した時点で内在していた課題です。物理工学的に現象を理解し、ソフトウエアの機能を使いいこなし、正しいモデルを作成し、結果を得て分析し判断するという一連の行為は、極めて専門的な知識・経験・作業を要する職人技の塊ですから、一朝一夕には獲得できません。CAE技能を身に付けるだけではなく、実験を知り設計を経験するという期間も考えれば、最低でも5年、一人前になるには10年かかると言っても過言ではないでしょう。このテーマに焦点を当てた記事もありますので、ご参照ください。

【デザインとシミュレーションを語る】50 : 計算品質を標準化する価値

問題は、熟練者になれるかどうかよりも、熟練者も含めて10人モデルを作れば、10通りのモデルができ、したがって10通りの答えが出てくるということなのです。属人的というのはそういうことです。そうした技術レベルのバラツキをなくするために、研究者や開発者からの推奨情報の共有、学会でのCAE技術者育成、社内でのモデル標準ルール、モデル自動作成ツールなど様々な取り組みがなされています。しかし、現場を見れば、そうした支援情報は技術は必ずしも徹底されておらず、依然として怪しい計算結果で、設計判断をしている可能性があるのです。熟練者のレベルの技術を非熟練者に伝達して短い期間で育成することは、CAEを活用する部署にとっては、日々遭遇している大きな課題です。

2) CAE部署のサイロ化

CAEのモデル化や計算を一握りの専門家しかできない状態が長年続いてしまうと、極端な場合には設計を経験せずに製品モデルを作る、実験を知らずに計算結果を判断する、ということになりかねません。そうすると、設計者の意図を理解できないので結果だけ提示して設計者と議論できないとか、実験と合わないという事実だけを突き返されてその原因を考えることができないとか、折角のCAE技術を活用してくれるはずの部署とのコミュニケーションができない結果、ただしく利用されないという状況になり得ます。これはCAE技術のみに目が向いて、本来の課題である実験と比較検討することや、設計にアドバイスするという目的が忘れ去られていることから来ます。こうした負の状況を回避するために、人員をそれなりに有している企業では、定期的にCAE専任者をあえて設計部門や実験部門に配置することで、経験を積ませることがいますが、小さな部署ではそんなことをすると部署が存続できなくなります。CAEが正しく適用されるためには、こうしたサイロ化を防ぐための組織的な対策も非常に重要なのです。

3) CAEへの期待値GAP

一昔前のCAEに関わる人達は、技術開発や設計支援を行うCAE専任者と一部のCAEを利用する設計者でしたが、昨今ではCAEの効果が広く認知されてきたこと、計算機コストが合理的になり精度の高い計算を妥当な時間内で実行できるようになってきたので、受益者の裾野が広がっています。いわゆるSimulation Democratizationの進展です。ところが、一方では、CAEの成果への期待が様々かつ過大になってしまい、マイナスの影響も多々生じています。典型的な例としては、設計者はCAEを実験の代替としか考えていない、実験部門は実験と合わないことをCAEが原因と決めつける、経営者は最適設計で一発OKになると思い込んでいる、OEMからは要求変更に対応した設計案検討をCAEで求められる、製造部門からは製造要件を設計に組み込んだCAE検討を求められる、などなどでしょうか。こうした様々な過大な期待や誤解のなかで、少ない専門部署で対応しようとすると当然無理が生じ、誤った期待に応えられず、成果も上がらないという負のスパイラルに陥ります。CAEに対する正しい期待値コントロールを行うことの重要性は、まだまだ十分に認識されていないのではないかと推察できます。

©Keiji Kudo

4) 自社以外の情勢を知らないー情報サイロ化

シミュレーション世界に住んで37年になり、日本や世界各国でのさまざまなコンファレンス、セミナー、学会に参加してきました。世界と比較して感じる一番の違いは、海外のイベントでは日本人の発表者も参加者も実に少ないということです。企業のCAE利用者は、海外はもとより日本でのイベントにも参加する機会が非常に少なく、皆無という人たちも多いことに驚きます。発表を依頼する際にたびたび遭遇するのは、発表することで自社にどんなメリットがあるかと上司や承認者に問われるということです。発表者は意欲満々にも関わらず、会社の保守的文化が意欲を削いでいることがわかるのです。もちろん、発表を積極的に認めている会社もありますが、例外と言えるでしょう。外に出ないというだけではなく、インターネットで調べられる情報でさえも十分に得ていないのは、自分の外の状況を知ろうという意欲が少ないというだけではなく、企業が対外的な情報収集の価値を理解していないためもあるのではと想像します。英語の問題も一因かもしれませんが、企業風土の問題がより深いと考えています。外を知らないということは、最先端の技術のレベルや世の中への浸透具合もわからないし、自分たちの技術の位置づけもわからないということですから、昨今の技術スピードの前には置いて行かれるだけとなります。置いて行かれていることさえ気づかなかれば、製品開発力がなぜ劣っているのかもわからないまま低下していきます。

3. Process

設計開発業務プロセスのなかでのCAEの位置づけは、果たしてどこまで明確になっているでしょうか。CAEという技術を全体プロセスのどの場面で活用すればもっとも効果が出るのか、共通理解はあるでしょうか。自社の技術はそれを実現するためにどのレベルにあるのか、把握できているでしょうか。中規模以上の製造業の会社で、何らかのCAEを使っていない企業は少ないと思われますが、果たしてどれだけ有効に使われているのか、調べてみたい気持ちに駆られます。使われている場面をよくよく伺うと、トラブル対応や出図後の検証である場合が多かったりします。3D図面が出来ているので、CAEのモデルも作りやすいという事情はあるにせよ、出図後なのでどんなCAE解析を行ったとしても事後対処であって設計に大きな影響を及ぼしません。むしろ、出図前にいかに効果的に活用するかが重要です。このことは、本ブログですでに十分過ぎるほど語ってきたのですが、本章でも再度まとめる形で詳しく述べていきます。

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