設計・シミュレーションApril 21, 2020

【デザインとシミュレーションを語る】59: ”最短経路設計”で思考と判断を促す

【第7章 計算品質標準化から知識化へ】“最短経路” で思考と判断を促す  
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Avatar 工藤 啓治 (Keiji Kudo)
【デザインとシミュレーションを語る】

【第7章 計算品質標準化から知識化へ】“最短経路” で思考と判断を促す

ノウハウっという言葉をよく使うと思いますが、実際のところ、何がノウハウかというのは定義が漠然としていて、具体的に言えと言われても、こっちはノウハウでそっちは違うといえる境界線は明確ではありません。というのは、技術レベルによって変わるからなのです。同じ会社の同じ組織で同じ仕事をしているチームがあったとして、新入社員、技術の未熟な人、ベテランの人が混在していれば、当然ながらノウハウと思っている内容が異なります。むしろ、ノウハウ=技術レベルそのものと言ってもいいでしょう。

そうなるとその技術レベルとは何者かを問うてみたくなります。未熟と成熟を分けるのは何か。成功にたどり着くプロセスの質と考えてみると、失敗の質と回数ということに帰着します。未熟な設計者は、無駄な失敗をたくさんしてしまう、成熟した設計者の失敗は、着実に成功に近づく失敗をする。こう考えたら、“最短経路”という言葉に思い当りました。「最短経路」を求める設計最適化という意味ではありません。現時点での状況と経験(過去)に基づいて「最短の失敗経路でたどり着く」設計という解釈です。効率的な試行錯誤の方法と言い換えてもいいでしょうが、これではインパクトに欠けます。最短経路設計というと何か面白くないでしょうか?そのイメージを図にしてみました。優れた解を選ぶのが目的である最適設計との対比でいうと、最短経路設計はいかに、失敗の数を少なくして、優れた解にたどり着けるかという目的になります。

仮に既存設計100%を活用した開発だとしても、新しい組み合わせの検討をしようとすると、新たな試行や知見が必要になるので、失敗ゼロはあり得ません。であれば、この失敗、もしくはその時点での最善の検討と評価をできるようにするには、何が必要か?個人の現在の経験と知見から出発するとき、その人には何が用意されれば、最短の思考実験と、最少のシミュレーション回数と、最少の試作・実験で済むのか?その結果、どんなスキルが向上したと言えるのか?

そういうことを考えていたら、“品質のいい設計情報”=“考えさせる設計情報”という言葉にたどり着きました。最適設計ツールの仕事をしばらくやっていて、仮に究極の最適化問題設定ができたとすれば、一発で答えが探索できるはずだという、現実的にはありえない”不自然縛り”を感じてきていながら、その縛りの理由が何のか明確ではありませんでした。現実を考えると、実際の問題はそんなに最適化問題に置き換えられるほど単純じゃないよ、と当たり前のことになるのですが、それで終わってなるものかという想いがありました。そのもやもやが、“考えるさせる設計情報”ということばで、晴れてきたような気がするのです。昨今のAIやデータ・サイエンスの流れで、人が介在せずに答えを出すしくみに注目が浴びているきらいがありますけれど、無駄な失敗をさせないことだけは自動で行ってくれるけれど、本当に考えて判断しないといけないことは、設計者に任せる、そういうしくみこそが一番必要なのではないか、そのように思います。

【DASSAULT SYSTEMES 工藤啓治】

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