【デザインとシミュレーションを語る】58 : 親和性が高いシミュレーションと機械学習

ダッソー・システムズ ブログ
【デザインとシミュレーションを語る】

 

【第7章 計算品質標準化から知識化へ】親和性が高いシミュレーションと機械学習

 

第55回から57回目までは、属性データや知識化に着目した議論をしてきました。本稿ではパラメータ・データの活用というテーマに切り替えましょう。思い出していただくために、第56回で説明したパラメータについて、転載します。
 

設計問題を定義し、数値分析的に解くパラメータ

  • 定義:設計パターンの組み合わせ識別子
  • 役割:設計問題を定義し、数値分析的に解く
  • 凡例:CAE探索やサンプリング計算中に使われる数値データ、特に繰り返し計算時の設計変数や制約・目的値など。問題が決まれば明確に決まるデータ群。
  • データ量:(横軸)設計空間は数10~数100、(縦軸)計算回数は1回~数万回
  • 用途例:
  1. 実験計画法や最適解探索で生成されるデータの数値的分析
  2. パターン分析からの設計ノウハウ抽出
  3. パラメータ・データセットからの代理モデル生成

 

サンプリング数が十分にあれば、そのデータセットをもとにした統計的回帰モデルを作ることができ、どんな関数をベースにするかによって、応答曲面モデル(ほぼ多項式近似)、Krigingモデル、ニューラルネットワーク・モデルなど様々なモデルが活用されています。回帰モデルとは、関数Fで、応答値Y=F(X1, X2, …, Xn)を計算できるということなので、その精度が十分であれば、任意の設計空間Xiの応答値を、瞬時に求められることにあります。シミュレーション計算を実施する代わりになりうるという意味で、代理モデル(Surrogate Model)と呼ばれることが多くなりました。登場し始めたころは、近似モデル(Approximation Model)と呼ばれていたことを思うと、その存在意義が大分認知され、活用されてきているといえるでしょう。ちなみに、私の会社の製品では、IsightやSPDMの一部機能が相当します。代理モデルの一番の有用性は、設計最適解計算や、シックス・シグマ、タグチメソッドといった大量の繰り返し計算を要するアルゴリズムを適用した場合に、シミュレーション計算を行うことなしに代理モデルを利用することでトータルの計算時間やスループットを劇的に削減できることです。考えてもみてください、一回の計算が1時間要するシミュレーションでさえ、100回計算すれば100時間かかりますが、代理モデルがあれば、Excelで記述した代理モデルであれば、数分以内で済むわけです。あまりにも強力な道具なので、欧米のメーカは独自の代理モデルを開発しているほどです。精度を自動的に向上させるサンプリング手法、複数の回帰モデルの組み合わせ、バラツキを表現するモデルなど、より高度な代理モデルが、設計開発の場で活用されています。日本では残念ながら、この分野での応用事例を見る機会が非常に少ないように思われます。そうしたなかでも、最近、AI事例と称して発表されているケースを見ますが、この代理モデルのケースがほとんどで、かつ一部の研究開発分野に留まっているように見受けられます。(実は、筆者の知見不足で、設計開発で活用されています、というケースがたくさんあるのであれば、ご容赦ください。)

 

さて、少しAI的雰囲気の話題にしていきましょう。上記で議論した内容は、AI的にいうと、機械学習という領域になります。サンプリング・データを教師データとして学習し(回帰モデルを作成し)、回帰モデルから任意の組み合わせの設計空間上の応答値を予測する、ということを行っているので、機械学習の一つなのです。ですから、昨今のAI的潮流で、小難しい機械学習という用語がかなりポピュラーになってきていますが、元々はシミュレーションととても親和性が高い技術なのです。たくさん計算すれば、関数近似がでるよね、というだけの話なのですけれど。

 

一方、57号で詳細説明した、属性データを活用した機械学習がそろそろ登場してきている気配があります。2019年7月に東洋タイヤ様から、下記のような発表がありました。

 

「タイヤの設計開発期間を数カ月短縮、TOYO TIREの設計基盤「T-MODE」はAIを融合」
https://monoist.atmarkit.co.jp/mn/articles/1907/11/news045.html

 

記事中に、SPDM技術を活用して、“設計データ、設計者シミュレーションデータ、試作したタイヤから得られた実験データのひも付けを行い、データベース資産として蓄積しておく。T-MODEの設計支援技術は、求められる設計仕様に対してこのデータベースを用いた機械学習を行うことで、タイヤの特性値を「ほぼ瞬時」に算出する機能になる。”という記述があります。この文章から判断しての”気配“としか書けないのですけれども、具体的な成果がそのうち発表されるといいですね。以前は機械学習というと敬遠されていましたけれど、最近は逆に積極的に使われるようになってきたというのは、AIトレンドのおかげでしょう。今後続々と成果が期待される領域です。

【DASSAULT SYSTEMES 工藤啓治】

 

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【デザインとシミュレーションを語る】第四回:シミュレーションは緻密な統合技術
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【デザインとシミュレーションを語る】第六回:リアルとバーチャルの垣根をなくせたら?(2)
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工藤 啓治 (Keiji Kudo)

工藤 啓治 (Keiji Kudo)

工藤はCAE分野で38年の経験を持つエキスパートとして、CAE開発・販売、HPC活用・マーケティング、最適設計・ロバスト設計市場開拓などを経験し、現在はシミュレーションを活用した設計業務改革コンサルと自身のノウハウ形式知化に取り組んでいます。
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