【デザインとシミュレーションを語る】31 : Fidelityという概念とModel Based Designの関係

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【デザインとシミュレーションを語る】
 

第4章 計算精度とパラメータ同定 -Fidelityという概念とModel Based Designの関係

 

シミュレーションの世界で、Fidelityというちょっと聞きなれない英語があります。辞書では“忠実”という日本語になるようですが、意味はわかるもののちょっとイマイチな表現です。シミュレーション・モデルが現物をどこまで段階的に表現しているかを示す時に使い、Fidelityが高い(High Fidelity)とか低い(Low Fidelity)といういい方をします。なので、段階的表現形式というような説明的な言い方になるでしょうか。

 

シミュレーションを正確にモデル化するのだから、忠実に表現されていればいるほど、いいのではないか、なぜわざわざ高い低いと区別する必要があるのかと思われるかもしれませんが、1D-CAEに関する前回記事でお分かりになるように、設計のフェーズに応じて、使い分ける必要があり、かつ、シミュレーション・モデルの本質に関わることが内在してるので、たいへん重要な概念なのです。

 

設計のごく初期段階で構想しているときは、大きな構成要素をいれるか入れないか、大まかな配置をどうするかを考えますので、その段階のモデルの表現はとてもざっくりしたものになるでしょう。構成トポロジーを変更したりといった発想が必要な部分です。Fidelityは低いのですが、製品の性能やコストを左右してしまうので、とても重要です。この後に説明する1Dモデルや詳細な3次元モデルとの対比という意味で、0D(0次元)モデルという表現もします。表現形式は、数式であったり、過去データや経験則の活用であったりします。

 

概念設計の段階では、従来設計の知見を最大限生かしながら、なるべく広く様々な組み合わせでの設計可能性を探るために、過去データの利用やそこから得られた代理モデルでの検討などが行われるのがベストです。ここで、ベストと書いたのは、まだここまで実施されている例がほとんどない(であろう)からです。技術的には、従来近似モデルと呼ばれている統計的学習を用いるのですが、本計算を“代理”できるほどの精度が保証できるレベルになってきているので、代理モデルと呼ばれるようになってきました。ただし、過去データをかなり大量に構築(ビッグデータ的)あるいは、パラメトリックに計算できるしくみがないと、この手法を採用することができませんので、今後の発展に期待する領域です。

 

31 - Multi-Fidelity model連携

 

次の基本設計になるともう少しモデル表現のFidelityが上がり、0Dで設定された主要寸法や主要部品の構成を元に、詳細な3Dモデルなしに、主要な性能バランスを決めます。たとえば、剛性、圧力損失、熱伝達率などの性能指標は、本来は3次元の詳細な形状や特性から計算される量ですが、基本設計段階では、この種の1次元化された指標を設計パラメータとして使うことでその製品の本質的な性能を表現できるのです。前回紹介した1Dモデル、あるいは論理モデルを活用するフェーズです。1Dモデルの精度を高める工夫や、1Dモデルの本質性が見直されて、最近活用シーンを見る機会が増え、学会やソフトベンダーの動きが活発になってきています。Fidelityは高くないものの、これまで紹介したパラメータ同定の技術を用いるなど、モデル化の工夫により計算の精度を上げることはでき、かつ計算時間も早いので、パラメトリックにたくさんの組み合わせの性能設計を評価できます。

 

製品が複雑化し、機械設計+電気設計+制御+ソフトなどが密接に絡み合って動く製品ばかりになってきていますから、1Dモデルを活用しないと解決不能な開発状況になってきていることも、大きな背景です。制御の領域では、電気設計やソフトとは親和性が高く一体で解きやすいのですが、制御する対象としてのアクチュエータの動きや機械システムの動きと正確にリアルタイムで連動して解くには、精度や計算速度の点で大きな課題があります。制御分野では、そこに焦点を当てるために、制御される側の製品のモデル一般のことをPlant Modelと言い、このPlant Modelを活用して制御設計をする方法論のことを、Model Based Design (MBD)と称してきました。

 

昨今では、機械設計分野にもこの言葉が広がってきていて、若干、定義が曖昧なままMBDという言葉だけがひとり歩きしている気配もあります。Plant Modelは、機械設計では (CAE) Modelのことですので、機械設計では従来から行ってきたCAE(Computer-Aided Engineering)と同義ではあるのですけれど、MBDという言葉の響きがいいせいか、新しい技術領域のように捉えられているようです。少し話がそれましたが、それでもMBDという言葉で、シミュレーションの意義がより広く深く理解されるのはいいことです。

 

さて、1D-CAEを駆使するのは、ざっくりと全体システムを動作させ、複合領域間の性能間のバランスを計算したり、サブシステムへの性能配分を適切に決めるということが、本質的な使い道になります。言葉を変えると、(形状設計ではないという意味との対比から)性能設計を実施すると言い換えることができます。その次に来るのが、各領域やサブシステムに目標配分された性能を満たすための形状設計、すなわち3D設計の領域になります。さらに、Fidelityのレベルが上がります。

 

詳細設計の後半になりますと、試作や量産直前の3D-CADとCAEモデルになり、Fidelityレベルも最上位になります。このように、シミュレーション・モデルを、どのフェーズでどんな目的で使うかによって、モデルのFidelityを使いこなす必要があるのです。3Dに慣れてしまった現代の設計者やシミュレーション・エンジニアにとって、Fidelityを操り、1Dシミュレーションを賢く使いこなすことが、差別化としても必須のスキルになっていくのではないでしょうか。

 

しかしながら、如何せん、Fidelityという聞き慣れない英語ではなかなか浸透しません。変な日本語を無理に当てるよりは英語のままの方がいいのかもしれませんが、でもやっぱり、分かりやすい日本語があるといいなぁと常々思っているのです。”忠実性“とか、”詳細性“ですと、忠実や詳細な方が良いという暗黙の前提が含まれてしまい、0Dや1Dモデルも正しく位置づけるための中立性が消えてしまいますから、冒頭に書いたように段階的表現形式といったようなニュアンスがいいように思っています。

 

【SIMULIA 工藤】

バックナンバー

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【デザインとシミュレーションを語る】第二十七回 : シミュレーション(CAE) の精度向上という根本問題ーその1
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工藤 啓治 (Keiji Kudo)

工藤 啓治 (Keiji Kudo)

工藤はCAE分野で38年の経験を持つエキスパートとして、CAE開発・販売、HPC活用・マーケティング、最適設計・ロバスト設計市場開拓などを経験し、現在はシミュレーションを活用した設計業務改革コンサルと自身のノウハウ形式知化に取り組んでいます。
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