【デザインとシミュレーションを語る】15 : 「設計とは最適化」の奥深い意味を教えてくれた技術者

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第2章 自動化とパラメトリック性 -「設計とは最適化」の奥深い意味を教えてくれた技術者

 

スーパーコンピュータ会社に勤務していた頃、かれこれ20年前ですけれど、その当時の社長とN自動車専務のM氏との米国でのVIPディナーの場に同席する機会がありました。当時私は、N自動車担当のアプリケーション担当SEということで、末席にすわり緊張して食事をしながらも、M氏の技術者らしい飾らない人柄に感銘を受けていました。そのうちに世間話の話題が少し途切れたところで、その場の誰かが、”設計とは何ですか?”という恐ろしい直球質問をM氏にしてしまったのでした。

 

M氏といえば自動車業界で尊敬を集めておられる自動車設計の第一人者の方でありましたから、その後の会話がどうなるかの展開も考えない不用意で大胆な質問に、全員の食事の手がぴたりと止まってしまったのでした。しかも、M氏の食事の手も止まっただけでなく1分間近く黙ってしまわれたものですから、その場の関係者は皆”M氏の機嫌を損ねてしまった”と内心思い、益々場が凍りついてしまったのでした。どうしたものか、と皆がハラハラしているうちに、おもむろにM氏が語ったのが、「設計とは最適化」だね、という一言であったのです。彼は、機嫌を損ねたわけではなく、我々自動車設計のしろうとを前にして分かりやすい言葉を探そうと、1分間真剣にその回答を熟考していたのでした。

 

その後の詳しい会話までは忘れてしまいましたが、要は設計者は常に、部品一個一個に対し、様々な制約条件と格闘しながら、性能を最大に発揮できるにはどうするか、もっと軽量化するにはどうするかを考えており、それはすなわち最適化であって、この行為が設計なのであると。クルマ一台でそれを行うのは、それは複雑であるから、設計にとって最適化は永遠に続く課題なのであると、そういうようなお話であったように思います。

 

私には2つの意味でこのときの情景と経験が忘れ難いのです。一つには、誰からであろうとどのような場であろうと真摯な回答をするM氏の技術者としての誠実さです。このように人間的に深い方だから部下にも誰にでも尊敬される第一級の技術者なのだと、理解したのでした。二つ目は、本質的でかつ含蓄に富むそのシンプルな回答そのもので、私にとって人生を変えるきっかけにつながる強い印象を残す言葉になったのです。

 

設計を議論する際の最適化ということばは、ともすれば、数学的な意味での”唯一絶対の最適解“という狭い意味での最適と解釈される場合も多く、甚だ誤解を招く用語なのですけれど、本来、最適の定義は、条件により多様であり、唯一絶対を意味しません。まさに、それゆえに、「設計とは最適化」という一言は、複雑・多様な設計条件のもとで”可能な限り適正な設計解“を見つけたいという、設計者の日常の営みとM氏の想いを示していると感じたのです。

 

その後最適設計支援技術に関わるようになってからこの言葉を反芻するにつけ、重量最小、性能最大といった単目的問題だけではなく、トレードオフ性を持つ多目的問題、ロバスト性や信頼性、コストや製造性、デザイン、感性的魅力なども含めた総合的な最適性を、設計者は常に目指しているということを、M氏は一言で表したかったのだと理解したのでした。私は、このときのM氏が思いを込めた「最適化」という言葉以上の、深い解釈を感じたことはありません。M氏の自動車設計人生を表するかのような深い言葉として感じられ、忘れがたい強い印象を1エンジニアに残したのでした。

 

その場での私の理解は上に書いたようにきれいに整理されてはいなかったのですけれども、直観的に「設計とは最適化」という言葉は自分にとって本質的に重要だと感じられ、強烈に私の頭に残りましたので、以後何かにつけこの言葉がよぎり、「設計最適化」を実現するためのしくみやソフトへと自然に関心が傾いていき、情報収集しているうちに、同じ思いを持っていた同僚と私にGEで開発されたIsightという製品を紹介してくれたのが、NASAの著名な最適設計研究者であったDr. Hiro Miuraでした。実は、自動車会社のM氏の苗字も、奇しくも同じMiuraだったのですから、偶然とは恐ろしいもので、後になってからあれは運命的なチャンスだったのだと感じました。私は両Miura氏にとても恩義があるのです。

 

同じ言葉を別な場で別な人から聞いていたとしたら、さも当たり前すぎて右から左に聞き流していたに違いありませんが、先のような状況でしたから、私にとって仕事人生のターニングポイントになった言葉になったのでした。M氏は、その場にいた1技術者に多大な影響を与えたということは全く意識もされなかったでしょうし、すでにお亡くなりになっているので、感謝のメッセージをお伝えする機会は永遠になくなったわけですけれど、ここに逸話を記録しておくことで、感謝の念をお伝えしたいと思います。優秀な技術者はいい製品を作るが、超優秀な技術者はその生き方で人を育てるというようなことを、どこかで読んだ覚えがあります。ほんのひと時でしたが、忘れ得ぬ体験をさせていただきました。三浦登さん、ありがとうございました。

 

【SIMULIA 工藤】

 

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工藤 啓治 (Keiji Kudo)

工藤 啓治 (Keiji Kudo)

工藤はCAE分野で38年の経験を持つエキスパートとして、CAE開発・販売、HPC活用・マーケティング、最適設計・ロバスト設計市場開拓などを経験し、現在はシミュレーションを活用した設計業務改革コンサルと自身のノウハウ形式知化に取り組んでいます。
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