【デザインとシミュレーションを語る】14 : Zero Design Cycle Timeの衝撃

ダッソー・システムズ ブログ

 

第2章 自動化とパラメトリック性 -Zero Design Cycle Timeの衝撃

 

ものづくりでは、通常、既存機能・技術9割に対し新機能・新技術が1割と言われます。この9割を占める既存機能や技術の活用を、9割の人材と時間とコストで費やしてしまうと、なんら競争力はなく、1割の新機能・新技術に頼らざるをえません。しかも、新機能・新技術があれば必ずしも、競争に勝てるとは限りませんし、勝てたとしてもすぐに競合他社にキャッチアップされその期間は短いのです。

 

前回の記事では、”仮に主要な設計変更の仕方をすべてパラメトリックに定義出来たとすると、あとは、その値の組み合わせだけであらゆる設計パターンを網羅できるはず”と書きました。既存製品を活用した設計にこの方法を適用できたとすると、自動的にパラメータを変更して設計案を評価するというしくみが、可能になります。要は、設計案の自動生成です。そうすると、9割を占める既存機能や技術の活用を、半分以下の3~4割の人材と時間とコストで実施できるようになるかもしれません。結果として、残りの6~7割のリソースと時間とコストすべてを、新機能・新技術の開発に費やすことができます。既存設計のパラメトリック性を追及した先には、新機能・新技術を開発できる余裕が生まれるということになります。

 

ITがとても役立つのは、実はこういうところなのです。既存機能や技術を設計に適用するには、手順はわかっているし、データはすでにあるわけですから、標準化を行うことが原則可能であるはず。ITは、わかっている手順とデータを処理するのが大の得意ですから、熟練者が、10年、20年と経験して得た貴重な仕事の手順、禁則、ルール、データの見方、判断などを標準化に落とし込めたて、誰でも同じような結果を出せるようになったとしたら、とてつもない価値を持つのではないでしょうか。誰にでもできる、自動処理ができる、繰り返しが楽になる、人為ミスがゼロになる、など多くの利便性を生み出す、会社としてのノウハウが詰まった「標準化」システムができあがるわけです。結果として、時間とコストと人材を大幅に節約できるし、設計品質もあがるといういいことづくめなのですね。“作業”設計の人材は不要となり、高度な判断や思考ができる少数精鋭の設計者集団で仕事ができるようになります。

 

さて、夢物語ではなく、このことが実際に行われている驚くべき例があります。”Zero Design Cycle Time”というスローガンで2000年ぐらいから25年計画で実施されている、Pratt & Whitney(P&W)という会社の壮大なプロジェクトです。P&Wは、GE、Rolles-Royceと並ぶ世界3大ジェットエンジン・メーカで、最近では、日本の国産旅客機MRJに採用されたGeared Turbofanという革新的なエンジンを開発したことで有名です。

 

さて、この”Zero Design Cycle Time”のすごいところは、プロジェクト名が直接示すように、設計期間をゼロにする、という常識では考えられない目標を掲げていることに尽きます。Zero Design Cycle Timeでは、さまざまな次元(0D, 1D, 2D, 3Dなど)でのパラメトリックモデルを構築し、標準化、自動化を徹底的に行うことで、サンプリング手法・最適設計・ロバスト設計・トレードオフ最適化といったIT技術を駆使することで、設計可能なパラメトリックな組み合わせ、すなわち既存技術に基づく設計案を可能な限りクラウド・コンピュータで計算しデータベース化するということを行っています。パラメータの組み合わせは膨大であるし、新たなパラメータも出てきますので、指示された探索計算の範囲や条件で、24時間 x 365日コンピュータが計算結果を出力しているわけです。顧客からの要求仕様が出てきたら、その条件をすべて満足し、もっとも合致する設計案をデータベースから抽出してくる、ということで、Zero Design Cycle Timeなのです。

 

さらに、重要なのが、既存設計作業はITシステムに任せ、少数の優秀な設計者に、発想を伴う新規設計とそれらを標準化設計にするための技術開発に従事させる、という組織活用方法論にまで拡張されているのです。9割を占める既存機能や技術への対応を、半分どころかゼロ時間で行い、新技術を標準化へと流通させるという壮大な発想と実現プロジェクト。私が、この“Zero Design Cycle Time”の講演を聞いたのは、2003年でした。その発想のシンプルさと本質を突いたエレガントさに、心底驚き、感銘を受けた覚えがあります。その当時の達成目標年は2025年でした。2000年ぐらいから計画されたのだと推定すれば、25年プロジェクトを実施していることになります。2014年にも、SIMULIAのセミナーで最新状況が発表され、その後も着実に進行していることがわかりました。実に驚くべき

 

さて、新機能・新技術が競合他社に実現されたとたんに、”陳腐化”するという言葉が使われますが、陳腐どころか、既存機能や技術を素早くエレガントに確実に実現するしくみこそが、組織ノウハウの定着化であって、競争力のある企業体質を作るということがわかります。企業設計力はの主たる部分は、このような組織ノウハウの定着化にあり、ITの威力が発揮する領域だと思います。

 

【SIMULIA 工藤】


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工藤 啓治 (Keiji Kudo)

工藤 啓治 (Keiji Kudo)

工藤はCAE分野で38年の経験を持つエキスパートとして、CAE開発・販売、HPC活用・マーケティング、最適設計・ロバスト設計市場開拓などを経験し、現在はシミュレーションを活用した設計業務改革コンサルと自身のノウハウ形式知化に取り組んでいます。
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