【「自動」から「スマート」へ】医薬品・医療機器業界の製造データを実用的な知識に変える

業務の多くが高度に自動化されているにもかかわらず、医薬品・医療機器業界のほとんどの企業はスマート・マニュファクチャリングを十分に活用できていません。こうした遅れを取り戻せば、医薬品・医療機器業界の企業はコストを抑え、患者のニーズにより的確に対応できるようになると専門家は指摘します。

 

保険会社や国民健康保険などの医療保険の支払者が、医療費の払い戻しについて注意深く選別し、かつこれまでは考えられなかった小さな患者集団も新しい治療法を利用するようになるにつれて、製薬やバイオ医薬品、医療機器のメーカー各社は、効率化を追求するために、自社のプロセスから生成されるデータの活用に期待を寄せています。

 

「医薬品・医療機器業界のほとんどの企業はすでに、自動化された製造システムからたくさんのデータを収集しています」と語るのは、米国フィラデルフィアやその近郊を拠点としてライフサイエンス分野の分析・戦略コンサルティングサービスを提供し、世界規模で業務を展開するAxendia社の社長、Daniel R. Matlis氏です。「データを収集するだけでは十分とはいえません。データを抽出・選別し、情報や知識に変え、スマートな意思決定をサポートすることに価値があるのです」

 

Matlis氏によると、そのメリットには製品の品質向上、不良品の減少、業務効率の改善、収率の向上などがあります。「データから情報を拾い集めれば、結果的に製品の品質に対して後手後手ではなく予測ベースでアプローチできるようになり、ひいては患者の治療成績も向上します」

 

スマート・マニュファクチャリングには、通常の製造工程や品質業務を自動的にデータを生成することが求められ、さらには迅速かつ賢明な意思決定をサポートする継続的な分析作業も必要になるとMatlis氏は語ります。医薬品・医療機器業界では、スマートな分析に使用するデータの多くは、モノのインターネット(IoT)に対応した製造装置で構成されるネットワークから集められます。

 

用心深く進む

米国ノースカロライナ州で製造業のITや運用技術、産業オートメーションを専門とするBR&L Consulting社を設立したDennis Brandl氏は、「IoTは、製品の品質向上や生産システムの処理能力向上の答えとなります」と語ります。

 

しかし医薬品・医療機器業界は、デジタル技術の導入には慎重な姿勢を取ってきました。規制当局が批准したプロセスを変更するのをためらっているというのも理由の一つです。

 

Matlis氏は次のように説明します。「バイオ医薬品を規制当局に提出して承認を受ける際には、化学的性質や製造プロセスが厳重な管理下に置かれます。製造プロセスが大幅に変わるような変更を加える場合は、規制当局による承認の再申請が必要になります。その結果、規制当局が戻ってきて現行の製造方法を無効にしてしまうのを懸念し、特許有効期間のあいだは製造プロセスに対する変更を見送る企業も多いのです」

 

しかし、デジタルな測定方法の多くは、批准済みのプロセスそのものを変更することはありません。

 

世界規模でコンサルティングサービスを展開するPwCネットワークのStrategy&に所属し、ニューヨーク市を拠点にして活動する同社プリンシパルのMarcus Ehrhardt氏は次のように語ります。「機械にセンサーを取り付けて運用状況や運用時間を監視しても、そうした機械や批准済みの製造工程そのものを実際に変更することにはなりません。そのため、運用のデジタル化を目指す企業は、製品を再度届け出なくても多くの手順を踏むことができます」

 

こうしたメリットを考えると、やってみる価値が十分にあるとEhrhardt氏は語ります。

 

「デジタル技術を導入すれば、企業はサプライチェーンの状況を極めて正確に把握できるようになり、適切な意思決定を素早く行えます。デジタル化に対応すると、企業はサプライチェーンを完全に統合して運営プロセスを改善できるため、適応性や即応性がますます高まります。その結果、計画の正確さや製造効率、生産性、在庫レベル、サービスレベルが改善されます」

 

バッチ処理の課題

しかし、データをより有意義なものにするためには、医薬品・医療機器業界の企業はデータを生み出したプロセスを背景にしてそれを理解しなければいけません。

 

Brandl氏は次のように説明します。「装置産業は昔から、データがどのような状況で生成されているのかを把握するのはあまり得意ではありません。データを集めれば温度はわかりますが、どの製品なのか、あるいはどのバッチなのかは把握できません。工場にインダストリアルIoTを導入してデータを収集するタイミングで、データ収集時の状況に関する情報も集める必要があります。長い時間が経過してから記録してもだめなのです。そうしなければFDA(米国食品医薬品局)のデータの完全性に関する要件を満たしません。そうした遅れが発生する原因の一つが、ERPやMESといった運用情報システムと実際にデータを収集している自動化システムの間で情報を正しく伝達していないために起こる食い違いなのです」

 

私たちのビジョンは、システム全体を総合的に統合することです

BERNHARDT L. TROUT氏
NOVARTIS-MIT連続生産センター責任者

 

製薬会社が製造現場の一部を患者により近いところに移していることが、状況に関する情報収集をさらに難しくしています。これにはプレハブ式の小規模な製造モジュールを使用するケースも含まれています。たとえば伝染病が流行した場所に近いところで薬を製造したり、特定の地元市場の状況に対応するために使用できます。

 

Matlis氏は、医薬品・医療機器業界の複雑なサプライチェーンがそうした問題をさらに難しくしてはいるものの、データをしっかり管理すれば解決できると語ります。

 

「製造工程のグローバル化とアウトソーシングが、状況に関する情報を集めて生産データを分析作業をさらに難しくしています。こうした状況で必須になるのが、分散化された処理を管理する特別なロジックを備えた情報システムによってサポートされる、IoTに対応した生産方式です。スマートで、つながっているシステムには、意思決定の支援に必要なデータだけでなく、社内プロセスからアウトソーシングしたプロセスまでを対象にした透明度およびコラボレーションをサポートすることが求められます。運用をスマートにすれば、手頃なコストで特別な製品を少量生産するなど柔軟性も高まる可能性があり、まだ満たされていない医療ニーズにも対応できます」

 

 

データが連続処理を後押し

複雑なサプライチェーンは一部の製薬会社を、含有成分からパッケージングまでのすべての段階に一つの設備で対応する連続処理の方向へと向かわせています。そのためには現在の製造工程や製造ラインを置き換える必要があるため、こうした傾向はスマート・マニュファクチャリングへの動きを加速させるかもしれません。

 

米国マサチューセッツ州のNovartis-MIT連続生産センター(CCM:Novartis-MIT Center for Continuous Manufacturing)の責任者、Bernhardt L. Trout氏は次のように語ります。「私たちは、医薬品・医療機器業界を連続生産の方向へと後押しできる一連のテクノロジーだけでなく、業界と規制当局、学界のコラボレーションなどの戦略的アプローチも開発しています。連続生産には、統合や自動化された制御システムのアプローチが含まれます。新しいテクノロジーの開発に向けてはまだまだ大きなチャンスがある一方で、業界では既存のテクノロジーの統合が遅れています。この点はより良い方向に向かっていると思います」

 

連続処理は飛躍的な効率向上を可能にします。たとえばCCMは、バッチ処理の半分以下の手順でAPI(医薬品有効成分、原薬)からコーティング錠を製造する完結した処理のプロセスを開発しました。この画期的な成果により、APIを製造するための複雑なサプライチェーンが不要になります。APIは多くの場合、複数の工場で製造され、その後別の工場に送られます。そこで添加物を加えて錠剤にしたりカプセルに入れたりし、さらに別の設備で包装して出荷されます。

 

データを収集するだけでは十分ではありません。データを抽出・選別し、情報や知識に変え、スマートな意思決定をサポートすることに価値があるのです

DANIEL R. MATLIS氏
AXENDIA社、社長

 

Trout氏は次のように語ります。「連続生産のもう一つのメリットが、化学技術を選択して処理能力や収率を高められる点です。例を一つ挙げると、2時間で93%の収率が5分で98%の収率になりました。医薬品製造の下流工程にも、同じように合理化できるところがあります」

 

こうした効率化の機会を見極めるには、しっかり分析された中身の濃いデータが必要不可欠です。連続処理を導入するとプロセスを徹底的に最適化できるため、データを簡単に有効活用できます。

 

医療機器メーカーにとっては新しいテクノロジーを提供するチャンス

一方で医療機器メーカーは、IoTのエコシステムをより多くの価値を提供するための手段と見ており、情報をベースにしたサービスを作り出して機器の販売よりも素晴らしい成果を収めています。

 

たとえばパリとボストンに拠点を置くBIOMODEX社は、患者のスキャン・データを規制当局が承認済みの3Dモデリング・プログラムにリンクしています。そしてこのデータを、臓器レプリカ製造プロセスで活用しています。難しい手術の前に、執刀医がこのレプリカを使って手術の練習をします。

 

BIOMODEX社のCEO兼共同設立者、Thomas Marchand氏は次のように説明します。「このプロセスは至ってシンプルです。まずはCTスキャンやMRIなどの医療画像が必要です。次にFDAが承認済みのソフトウェアを使用してデジタル化の作業を行い、どのマルチマテリアル3Dプリンターでも使える3Dモデルを作成します。この技術ではアルゴリズムと材料科学を融合しているため、たとえ硬組織と軟組織が混ざり合っていても、患者の体と全く同じように反応するモデルや製品を作成できます」

 

IoTに対応して設計から製造までを連結すれば、このプロセスをオンデマンドで利用できます。

 

Matlis氏は次のように説明します。「リビング・ハート・プロジェクトのような仮想人体モデルをベースにした取り組みにより、医療機器メーカーは自社の製品をコンピューター内で設計・テストできるようになります。これは、商品化に要する時間の短縮と患者の治療成績の向上につながります。仮想モデルはまた、製造シミュレーションの作成でも威力を発揮します。このアプローチを導入することで、企業は規模の大小に関わらず、数百万ドルという資金を工場や実物の試作に投じる前に、科学的に正確なデジタル3Dモデルを使用して”実際に作るとどうなるのか”を予測できるようになります」

 

「スマート」に動く

医薬品・医療機器業界では、データを基に進める製造プロセスへ遅々とではあるが、変革は始まっています。

 

Novartis-MIT連続生産センターのTrout氏は次のように語ります。「新しいテクノロジーが導入され始めています。今はまだ、連続生産やスマート・マニュファクチャリングでプラグ・アンド・プレイ形式のテクノロジーを使える段階ではありません。それはこれからです。私たちのビジョンは、システム全体を統合することです。それをいま具体化するには、これまでやってきた段階的に進める昔ながらの方法です。」

 

Axendia社のMatlis氏によると、彼が最大の課題と考えているのは「行動に向けた環境」を作り出すことです。FDAの「Case for Quality」イニシアチブのメンバーを務めるMatlis氏は、この課題を大局的に見渡せる立場にいます。

 

「デジタル・トランスフォーメーションに加えて、規制当局の動きの悪さも変える必要があります。私たちは規制当局やメーカー、プロバイダー、その他の関係者が互いにより緊密に協力できるようにし、業界が注力すべき点をコンプライアンスから品質改善へとシフトさせます。このシフトの基本にあるのは品質評価基準ですから、よりスマートな製造に前向きに取り組む必要があるでしょう」。(Matlis氏)

 

スマート・マニュファクチャリングに共通するテーマ

さまざまな製薬会社やバイオ医薬品メーカー、医療機器メーカーがありますが、いずれも以下のような同じデジタルのメリットを享受できます。

 

モジュラー & モバイル常に待ち時間を短縮し、ミスの可能性を低く抑えるためには、最も優先すべきは患者に寄り添う姿勢です。これは、診察室で3Dプリンターで作成された特別仕様の医療機器に留まらず、モジュール式のバイオ医薬品製造用「ポッド」の開発にまで広がっています。たとえば、ファイザー社にはポータブルで連続生産に対応した小型・モジュール式の試作品があり、生産に入る予定です。これは、分析と意思決定のためのデータをより多く収集し、分散環境で品質とコンプライアンスを確保できる、統合された生産情報インフラがある場合にのみ可能になります。

 

接続性製造設備や製品はますますIoTに対応し、接続性が高まっています。新しいプロセスがこうしたスマートな生産ラインを取り込んでバリデーションされれば、工場の自律性もさらに高まります。IoTに対応した製造設備や製品のメリットには、法規制順守記録をデジタルで取り込み、処理して申請できる点などがあります。

 

柔軟性患者の治療成績を向上させるには、企業は小さな患者集団にもコスト効率性に優れた方法で対応しなければいけません。従来型の工場で小容量を製造するにしても、あるいはシングルユースの製造設備を使用するにしても、情報システムは多くの製品でデータを追跡・分析できる必要があります。

 

一貫性 一貫性を確保するには、実際の生産現場でデジタルモデルを使用する必要があります。そのモデルでは、初期の発見時から開発、臨床試験、製造にかけて蓄積された同じデータを使用するのが理想的です。3Dプリンターで作成された医療機器や患者に特有のモデルなども、一貫性のあるデータの恩恵を受けます。

 

信頼性 PwCネットワークのStrategy&(ストラテジーコンサルティング部門)のMarcus Ehrhardt氏は「デジタル化によって透明性を確保できる可能性があり、製造や保守を最適化しながらダウンタイムを短縮できます」と語ります。機械の相互通信や機械学習アルゴリズムによって、シームレスなプロセス、予測に基づいた設備の保守点検、自動修正動作などが可能になります。

著者: Julie Fraser

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